zensaji

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Monsters of Rock: Joey by *jasonedmiston
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The Flower Thief by Koren Shadmi
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http://gnxshop.blog.so-net.ne.jp/2012-04-29

・文明は、私たちが思考せずに行える重 要な活動の数を増やすことによって、進 歩するのである。

・知性とは、リスクを承知で見当をつけ ることと言える。

Permalink 富士山 (Instagramで撮影)
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つねづね申し上げていることですが、学ぶ力には三つの 条件があります。 第一は自分自身に対する不全感。自分が非力で、無知 で、まだまだ多くのものが欠けている。だから、この欠 如を埋めなくてはならないという飢餓感を持つこと。 第二は、その欠如を埋めてくれる「メンター(先達)」 を探し当てられる能力。メンターは身近な人でもいい し、外国人でも、故人でも、本や映画の中の人でもい い。生涯にわたる師でなく、ただある場所から別の場所 に案内してくれるだけの「渡し守」のような人でもい い。自分を一歩先に連れて行ってくれる人はすべてたい せつなメンターです。 第三が、オープンマインド。人をして「教える気にさせ る」力です。素直さと言ってもいいし、もっと平たく 「愛嬌」と言ってもいい。 この三つの条件をまとめると、「学びたいことがありま す。教えて下さい。お願いします」という文になりま す。 これが「学びのマジックワード」です。 これをさらっと口に出せる人はどこまでも成長すること ができる。この言葉を惜しむ人は学ぶことができませ ん。学ぶ力には年齢にも社会的地位にも関係がありませ ん。 これから仕事に就くみなさんのご健闘を祈ります。

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 もう一つ、今回の対談で大きなテーマとなっていたのは「ネットにおける匿名性」の是非という問題です。勝間さんは以前から「アメリカでは実名が中心の ネット利用が、日本は匿名中心になっている」ことへの異議を訴えておられました。これに対して、ひろゆきさんは、実名といっても「なりすまし」かもしれな いし、イザ犯罪容疑となった際にはIPアドレスなどから追跡するコストは変わらないから、という実に突き放した理由で「実名主義」をやんわりと批判してい ました。

 このやり取りも、勝間さんが明確な価値観からある方向性での実行を主張したのに対して、ひろゆきさんは前提への懐疑を繰返し て、平行線になっていました。ただ、この「ネットでの匿名性」の問題ですが、私は以前から気になっていたのです。確かにアメリカでは、程度問題ではあるの ですが、ブログでもSNSでも実名の使われる割合が日本よりも圧倒的に高いのですが、そのアメリカから見ていると日本の匿名ばかりで、結果的に荒れること の多いネット利用はムダが多いように思われたのも事実だからです。

 この問題への私なりの仮説については、他でもない、この勝間=ひろゆ き対談そのものの中にヒントを見つけることができました。というのは、ここまでお話してきたように、対談の中でひろゆき氏は「常に前提を疑う」アプローチ で、よりロジカルな、より精神的な自由度の高い議論を志向していました。その結果として「前提を確定し、その上で問題解決の具体策も早く決めたい」勝間氏 とは「すれ違い」続けていたのですが、最終的に勝間さんはひろゆきさんのアプローチに対して「自分が絶対正しいという感じで上から言われている感じ」とい う感想を漏らしていたのです。

 この「上から言われている感じ」というのが、たぶん重要なのだと思います。これは、勝間さんがどうとか、 ひろゆきさんがどうという話ではなく、日本語の特質だと思うからです。日本語というのは、人間関係の調和が前提となってできている言語です。まず関係性を 規定して上下の敬語や遠近の丁寧表現を使ってコミュニケーションのフレームを作り、更に前提となる共有情報は主語でさえどんどん省略して会話全体を小さな 謎掛けと謎解きで構成することで、ネバネバした親近感へ巻き込んで行くのです。更に、意見の相違や利害の相反が出てくると、婉曲表現や敬意の表現などを駆 使して関係性を傷つけないようダイナミックなバランスを取ろうとする談話形式も定着しています。

 こうした日本語会話の特質には、相手へ の明確な反論や、前提への懐疑というのはなかなか馴染みません。それをポンポンとやってしまうと、本人が思う以上の暴力的な権力行使として相手には受け取 られてしまうのです。勝間さんという人は、デフォルトの設定としては男性支配や年功序列へのチャレンジャーとして活躍しておられ、その分あらゆる人との対 等な関係というのは意識している方だと思いますが、その勝間さんにしても、ひろゆきさんの冷徹なロジックを「上から言われている」という上下関係の規定と して感じてしまったのでしょう。非常によくある現象なのですが、これは深刻な問題です。

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Cave Dweller by Ian Laser Higginbotham
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表面的な明るさや暗さじゃ無いよ

根が明るいっていうのはね、なぜだか、根本的に、自分自身で満ち足りているって事なんだ。なんにも意味のあることをしていなくても、ほかのだれにも認めてもらわなくても。

それが上品ってことでもあるんだ。

根が暗いっていうのはその逆でね、なにか意味のあることをしたり、ほかのだれかに認めてもらわなくては、満たされない人のことなんだ。

それが下品ってことさ。

(永井均子どものための哲学対話)

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・大人になってから、 大人としてやるべきことを、 しっかりやることは、 大人の快感かもしれない。

ただ、それは、 子どものじぶんを静かにさせて、 しっかりやったということではないのかな。 静かにさせられた子どものじぶんは、 押し入れの中で、うらみがましい目で、 大人のじぶんを見ているかもしれない。

断言してみたい。 じぶんとは、子どものじぶんである。 大人のじぶんは、じぶんがつくったじぶんである。 つくったじぶんよりも、 じぶんのほうが、よっぽどじぶんのはずで。 押し入れに閉じこめられても、 さるぐつわをかまされて黙らされても、 そいつは生きて足をばたばたさせている。

よし、言おう。 言ってしまおう。 人間とは、子どものことである。

・ぼくは、いろんな大人たちのことを理解するために、 彼らひとりひとりを、 想像上の中学の教室のなかに置いてみます。 そうすると、いるんです、中学生の彼や彼女が。 理屈の得意なおじさんは、 口を尖らせて大声を出して笑われているやつだったり、 気取った女性は、見栄っ張りのおませさんだったり、 なんか中学生の姿で見えてくるんです。 いいやつもいるけれど、たいていは、 たいしたやつじゃありません。 むろん、じぶんも含めて、たいしたもんじゃない。 たいしたことない中学生が、武器や飾りを身につけて、 ちょいとえらそうにしてるだけです。 笑っちゃいます、よくがんばってるんです、それだけ。

(2010年11月3日「今日のダーリン」より)